慢性C型肝炎ウイルスの自然陰性化

肝臓56巻8号p414-421。JR東京総合病院消化器内科。後ろ向きコホート。抗ウイルス療法を行わなかった慢性C型肝炎患者278例を平均5.8年観察して、4例(1.44%)が自然にHCV-RNA陰性化。自然消失例はすべてが入院加療後。身体的ストレスによる免疫誘導が中和抗体反応を惹起した可能性が考察において指摘されている。

感想。他の報告例では0.44%〜12.9%(/person)とのこと。「生涯で1%程度」と考えていたが、もうちょい高いかも。まあでも自然消失を期待してSVRを目指した治療をしないという選択肢は考えにくい。個人的には、慢性C型肝炎患者が急性B型肝炎を発症したときに、HCV-RNAがきわめて低値になった例を経験した。B型肝炎は普通に治ったが、HCV-RNAは元に戻った。「身体的ストレスによる免疫誘導」が自然治癒に関与しているという考え方はありそう。

HBワクチンのブースターの必要性

国際的には必要ないとされているが、議論がある。肝臓56巻2号39-56(2015)、座談会。


CDCが言っていることがずっと金科玉条のように守られていて…
免疫寛容でない人に関してはHBs抗体がいちど陽性になれば、つまり今10 mIU/mL異常になればもう打つ必要はないですよということが書いてあるんです。ブースターが正当化されているのはエビデンスがあるのは透析例だけです。ただここに関しては議論があるところで、免疫学的寛容の方はいくらでもいらっしゃるわけで、…

肝膿瘍のように見えた肝細胞癌

日本消化器病学会雑誌 第111巻第12号P2359のQ&A

どうみても肝膿瘍であった症例が、後に肝細胞癌と診断された事例。発熱、CTにおける辺縁周囲の造影増強、腫瘍マーカー増加なし、慢性ウイルス性肝炎なし、吸引細胞診陰性。結果的にはnon B non CのHCCで、たまたま肝膿瘍を併発し、肝膿瘍のみ治療されたことになる。恐ろしい。


肝膿瘍の鑑別疾患としてHCCを含む悪性腫瘍を念頭に置く必要性を再認識させられた一例

HCCの約1〜2%に膿瘍を合併するとの報告もある

肝臓に関する諸数字

大まかなところは把握できているけれども、細部や根拠があやふやな数字がある。日本消化器病学会雑誌の総説から抜き出した。


日消誌 2015:112:24-31 青木優 高山忠利 肝癌の外科治療の最前線

  • 日本の肝細胞癌に対する肝切除後の手術死亡率は1970年代では15.7%だったが2000年代では0.6%に著明に改善した。
  • 乏血性の早期肝癌は治療対象とはならず、二次発癌(多中心性発生)を念頭において厳重に経過観察すべき。
  • 腫瘍径3 cm以下のHCCについて、肝切除またはRFAで3編のRCTがあるが、いずれも少数例の検討のため明確な結論は出ず。
  • HCCは根治的な切除を行っても5年で80%の症例で再発を認める。初回再発の90%以上が肝内再発である。


日消誌 2015:112:37-61

  • 世界では、肝癌は肺癌、胃癌に続いて3番目多く、年間70万人が亡くなる。
  • 日本では年間3万人強が肝癌で亡くなる。
  • 死亡数と発生数の比は0.93で、発生するとほとんどの方が肝癌で亡くなるという、予後の悪い癌腫の一つである。
  • 日本での肝癌発生の成因は変化した。2012年の日本肝癌研究会のアンケートによれば、15000症例中、C型肝炎は55%、非B非Cは20%、B型肝炎は15%くらい。(ブログ主注:以前はもっと非B非Cの割合が少なかった。ウイルス性肝炎の治療法の進歩や感染予防によってC型およびB型肝炎による肝癌の割合が減った)。
  • 非B非C中、基礎疾患が明らかにNASHなのは数%、「その他」が4割強。(ブログ主注:おそらく肝生検で診断確定されたものを「明らかにNASH」としている。臨床経過からNASHであろう、というものを含めるともっと多い)。
  • 手稲渓仁会病院消化器病センターのデータでは、肝癌症例のHBV既感染率は30%台。検診施設での同世代70歳〜80歳の健常者のHBV既感染率は39%。現時点では、HBV既感染がどれくらい発癌に関与しているかは不明。
  • 日本の成績ではウイルス性肝炎が原因の肝癌と比較して非B非C肝癌のほうが、肝切除の成績が良い。非B非C肝癌のほうが多中心性発癌が少ないからではないか。

肝不全・門脈シャントなしの肝性脳症

意識障害があれば血中アンモニアを測定する。高アンモニア血症であれば肝性脳症であろうと推測はできる。しかし、肝性脳症を起こすのは肝不全や門脈シャントだけでなく、代謝性疾患も引き起こしうる。


■シトリン欠損症


シトリン欠損症=成人発症II型シトルリン血症。シトリンと呼ばれる酵素活性が低下しているために肝性脳症を来す。細かい代謝経路はリンク先を参照していただくとして、ポイントはシトリン欠損症では糖負荷によって肝性脳症が悪化するという点。糖質から生成されるNADHが細胞質に蓄積されることによるらしい。

肝性脳症に対しては、ナトリウムや水分の負荷をあまりかけたくないがために高糖質輸液を選択しがちである。また、経口摂取可能なときは蛋白制限をかける、つまりは相対的に糖質の摂取が多くなるのが通常である。また脳浮腫を併発すればグリセオールを投与するが、これはシトリン欠損症(成人発症II型シトルリン血症)には禁忌である。マンニトールを使う。シトリン欠損症自体は稀な病気ではあるが、知らないと患者を殺してしまう。

シトリン欠損症の患者さんは、普段から炭水化物を避ける食事をしている。高蛋白質、高脂肪食品を、具体的には豆やマヨネーズなどを好むという。普段は炭水化物を避ける食事によって症状なく過ごしてきた人が、歯が悪くなって豆を食べられなくなって発症した例や、骨折して入院し病院食によって発症した例がある。一見、ただの偏食に見えるが実は合理的な理由がある場合もあることに、医療者は留意しなければならない。

劇症肝炎に対するステロイド投与のエビデンス

日本では劇症肝炎に対して、血漿交換に併用して点滴静注にてステロイドを使用する。とにかく炎症を抑制し、これ以上肝細胞壊死が起こらないことを意図している。しかし、劇症肝炎にするステロイドには十分なエビデンスがないようだ。海外と比較して定義の違いがあるが、概ね日本でいう劇症肝炎は海外ではAcute liver failureに相当する。“シャーロック”肝臓病学の急性肝不全(Acute liver failure)の章にはどう書いてあるか。

…コルチコステロイドは無効である。…


…コルチコステロイドの大量投与は急性肝不全に対して有効ではなく、むしろ感染やびらんなどの合併症をきたす可能性がある。


前者の「コルチコステロイドは無効である」は文脈から考えると、脳浮腫には無効と読める。後者は文字通り「急性肝不全に対して有効ではない」と読める。明らかに推奨されていない。「“シャーロック”肝臓病学」には参考文献が提示されていないがおそらくこの辺。


■Randomised trial of steroid therapy in acute liver failure. Report from the European Association for the Study of the Liver (EASL).[Gut. 1979] - PubMed - NCBI


ちゃんとRCT(非盲検)がなされている。1979年と古いけど。対象は40人のacute liver failure。26人がステロイド群で14人が対照群。アウトカムは生存で、ステロイド群12%、対照群14%で有意差なし。生存曲線はこんな感じ。



古いし非盲検だしnも少ないけど、たぶん、劇症肝炎に対するステロイド治療のエビデンスでこれが最良のもの(他にRCTがないか探したが見つけられなかった)。日本で劇症肝炎に対してステロイド治療を続けるのなら、きちんとRCTをおこなったほうがいいと思う。